しゅんぺいた博士の破壊的イノベーター育成講座|新ビジネスの種

2020年10月20日

第2回  まず、敵を知ろう!

しゅんぺいた博士の破壊的イノベーター育成講座

前回、私たちは、イノベーションにはプロダクト・イノベーションとビジネス・プロセス・イノベーションがあり、「プロダクト・イノベーション」とは「新しい製品またはサービスであって、以前の製品・サービスとはかなり異なり、かつ市場に導入されているもの」であること、「ビジネス・プロセス・イノベーション」とは「一つ以上のビジネス機能についての新しいビジネス・プロセスであって、以前のビジネス機能とはかなり異なり、かつ当該企業によって利用されているもの。」であることを学びました。

そして、イノベーションにおいては、製品・サービスやプロセスの新しさに加えて、そのアイデアが顧客(プロセスの場合は社内)に広く受け容れられて「普及」し、企業に利益をもたらすこと、すなわち「経済的成功」が重要であり、「創新普及イノベーション」と訳すのが適切であることを理解しました。

イノベーションにはどのようなタイプがあるか?

戦略論の古典中の古典である孫子の兵法に「彼を知り、己を知れば、百戦してあやうからず」という言葉があります。「軍事においては、相手の実情を知って、自己の実情も知っていれば、百たび戦っても危険な状態にはならない(脚注1)」という意味です。

今回は、企業がめざすべき重要な戦略目標である「イノベーション」という「彼(目的)」にはどのようなタイプ(分類法)があるのかについて学んでいきましょう。その目的は、生物が動物と植物に区分できたり、陸に暮らすものと海に暮らすものに分けられたり、卵を産むものと母乳で育てるものとで違いがあるなど、相手(イノベーション)の特徴や性質を理解することで、それを利用するためのよりふさわしい戦略が立てられるからです。

変化の程度は大きい(画期的)か小さい(漸進的)か

イノベーションが革新とも訳され、そこに革命の「革」の文字が使われていることから、イノベーションと呼ぶには真空管がトランジスタになったり、白熱電球がLEDランプになった場合のような、革命的で画期的な性能の変化がなくてはならないと主張する方もおられます。しかし、これまでの研究によって、時間をかけて能力を累積的に向上させること(漸進的変化)が、一時的で急激な変化による能力向上を上回ることがしばしば観察されています。

つまり、画期的なイノベーションを起こすことができても、それにあぐらをかいていると、常に改善を続けるライバルに追い抜かれてしまうことになるのです。

変化の範囲は「アーキテクチャ」レベルか「部品」レベルか?

コンピューターの歴史を振り返ると、大型コンピューター(メインフレーム)からミニコンピュータへ、さらにパーソナルコンピュータからスマートフォンやタブレットへと、アーキテクチャ(基本設計)レベルでの大きな変化が10〜20年ごとに起きています。

一方で、部品のレベルでも、例えばデータを記憶する媒体が紙テープから磁気テープへ、さらにフロッピーディスクからハードディスクを経てSSDへと変わったように頻繁に変化が起きています。

アーキテクチャレベルで変化が生じる際には、業界構造やキープレイヤーの交代が起こりやすく、その影響はより大きく広範囲なものとなります。一方、部品レベルの変化はよりしばしば起こりますが、その変化の範囲は限定的である場合が多いです。

先に出す(ファースト・ムーバー)か後から出す(フォロワー)か

イノベーションと言うと「世界初の製品をどこよりも早く市場に出すことだ」と考える方もおられるかもしれません。しかし、誰も見たことのない新しい商品は、しばしば顧客に受け入れられず失敗してしまうことがあります。

例えば、スマートフォンのご先祖とも言える、個人情報処理用のハンドヘルド端末として世界に先駆けて売り出されたアップル社の「ニュートン」は、その画期的な設計思想にもかかわらず、重さや手書き文字認識の精度の低さなどで顧客に受け入れられず、後から登場したパーム社のパイロット(ソニーでは同様の製品をCLIEという名称で販売)に打ち負かされてしまいました。

テリスとゴールダーという研究者たちの調査によれば、一般消費者向けの革新的なイノベーションで先行した企業が、市場におけるリーダーの地位を長期間確保できることはめったになく、成功するのは「ビジョンを持ち,忍耐強く、そして柔軟性のある初期の参入者」だったそうです(脚注2)

マラソンや自転車のレースで、先行逃げ切りの展開になることが滅多になく、最後に勝つのは先頭グループにいて虎視眈々とチャンスを窺っていた選手であることが多いのと似ているかもしれません。

技術融合

イノベーションのなかには、当初は全く別々に進化してきた2つ以上の技術が、融合して1つのイノベーションとなったものがいくつも見られます。これは、児玉文雄 東京大学名誉教授が提唱した概念で「技術融合」と呼ばれています。

たとえば、当初は電卓のために開発されたマイクロプロセッサと、より早く正確に部材を加工するために進化してきた工作機械とが融合しNC工作機械が生まれた事例、馬車から進化してきた自動車と、携帯電話のために発達してきた5G技術、音声認識や画像認識などから発展してきた人工知能(機械学習)技術とが融合し、自動運転車として実を結ぼうとしている事例などが挙げられます。

いかがでしたでしょうか?
次回はいよいよ皆さんお待ちかねの「破壊的イノベーション」について学びます。お楽しみに!

脚注1:浅野裕一「孫子」講談社学術文庫(1997)
脚注2:Tellis, G. and P. Golder (1996) “First to market, first to fail? Real causes of enduring market leadership”, Sloan Management Review, Winter, 65-75

玉田 俊平太 氏

<プロフィール>
玉田 俊平太 氏

関西学院大学 経営戦略研究科 研究科長・教授  博士(学術)(東京大学)

東京大学卒業後、通商産業省(現:経済産業省)入省、ハーバード大学大学院修士課程にてマイケル・ポーター教授のゼミに所属、競争力と戦略との関係について研究するとともに、クレイトン・クリステンセン教授から破壊的イノベーションのマネジメントについて指導を受ける。

筑波大学専任講師、経済産業研究所フェローを経て現職。その間、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東京大学先端経済工学研究センター客員研究員、文部科学省科学技術政策研究所客員研究官を兼ねる。平成23年度TEPIA知的財産学術奨励賞「TEPIA会長大賞」受賞。

著書に『日本のイノベーションのジレンマ 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』(翔泳社、2015年)、監修書に『破壊的イノベーション』(中央経済社、2013年)、監訳に『イノベーションのジレンマ』(翔泳社、2000年)等がある。