しゅんぺいた博士の破壊的イノベーター育成講座
前回、私たちは、企業がめざすべき重要な戦略目標である「イノベーション」にはどのようなタイプ(分類法)があるのかについて学びました。
イノベーションには変化の程度が大きい「画期的イノベーション」と小さい「漸進的イノベーション」、変化の範囲が広い「アーキテクチャレベルのイノベーション」と狭い「部品レベルのイノベーション」、新しい製品やサービスを先に出す「ファースト・ムーバー」かそれとも後から出す「フォロワー」か、そして、当初は全く別々に進化してきた2つ以上の技術が融合して1つのイノベーションとなる「技術融合」などの種類があるのでした。
「破壊」は繰り返し起きている
近年、それまで業界で大きなシェアを持っていた大企業が、新たに参入してきた企業の「最初はオモチャのようだった」製品にやられてしまう事態が、多くの産業で繰り返し起きています。
たとえば、コンピュータの外部記憶装置であったハードディスク産業では、これまでに少なくとも6回のイノベーションが起きましたが、有利なはずの既存有力企業が、次の世代でもそのリードを維持できたのはわずか2回でした。逆に言えば、6回のうち4回は、新規参入企業が次世代製品の競争で勝利を収めたのです。
最近でも、日本メーカーが多くを占めるデジタルカメラ市場において、コンパクトデジカメの売上げが急激に減少し、市場そのものがほとんど消滅してしまいました。さらに、上位市場であるミラーレス一眼デジカメ市場でも、当初市場を切り開いたオリンパスが撤退を決めるなど、スマホ付属のカメラに「破壊」されようとしています。
既存大企業の優位性
通常、企業の競争では、既存大企業の方が有利な点が多いです。既に顧客との関係を築いているので顧客の要望を吸い上げやすいし、研究開発のための資金や人材も豊富です。製造技術も確立していますし、販売網やサービス網も既に構築済です。もちろん、ブランド力だって、既存大企業の方があるに決まっています。
では何故、これほど有利なはずの既存大企業が、様々な産業分野で、新たに参入してきた企業に「破壊」されてしまうようなことが繰り返し起きているのでしょうか?
持続的イノベーションは総力戦
常識的に考えれば、顧客との関係性も経営資源も販売網もブランドもない新興中小企業が、歴史ある大企業と正面から競争して勝つのは至難の業です。実際、「今いる顧客に向けて、今ある製品・サービスをより良くする」という競争において、既存大企業は圧倒的な強さを示します。ハーバードビジネススクールの故クリステンセン教授は、このような「従来よりも優れた性能を実現して、既存顧客のさらなる満足向上を狙う」タイプのイノベーションを「持続的イノベーション(sustaining innovation)」と定義しました。
このタイプのイノベーションは、最も収益性の高い顧客に向けて高い利益率で売れることが予想されるため、既存大企業には、その市場で積極的に戦う強い動機があります。だから、勝つのはほぼいつも、経営資源が十分にある既存大企業なのです。そして、多くの読者が「イノベーション」という言葉から連想するのは、この「性能が上がる=持続的イノベーション」でしょう。
破壊的イノベーション=「オモチャ」
これに対し、破壊的(disruptive)イノベーションとは、「既存の主要顧客には性能が低すぎて魅力的に映らないが、新しい顧客(新市場型)や、それほど要求が厳しくない顧客(ローエンド型)にアピールする、シンプルで使い勝手が良く、安上がりな製品やサービス」をもたらすタイプのイノベーションです。
別の言い方をすれば、破壊的イノベーションから生まれた製品やサービスは、既存大企業の主要顧客が重視する性能が低過ぎるため、「既存製品の主要顧客に見せても見向きもされず、『オモチャ』呼ばわりされるようなイノベーション」と言えるでしょう。
世界を変えたのは「破壊的イノベーション」
「そんな馬鹿な!一時的とは言え、性能が下がるようなイノベーションなどあるのだろうか?」
と訝る読者も居られるでしょう。しかし、よく考えてみると、世界を変えたイノベーションの多くは、破壊的イノベーションから始まっていることに気づきます。
例えば、最初の「ウォークマン(ポータブルオーディオプレーヤー)」は、据え置き型のステレオより音質が悪かったですし、最初のパソコンは当時主流だったミニコンやメインフレームより遙かに性能が劣っていました。
しかし今や、人々が音楽を聴く手段の主なものはポータブルオーディオプレーヤーですし、世界のコンピューティングニーズの大半はパソコンのアーキテクチャをベースとしたサーバによってまかなわれているのです。
さらに、最初は音楽プレーヤーに通話やメール機能を付けた程度のデバイスだったスマートフォンは、今や個人の情報処理の大半を担うキー・デバイスに成長し、その主記憶容量は500ギガバイトを超え、4K動画を楽々編集できるほどの「手のひらの中のスーパーコンピュータ」に進化したではないですか!
めざすべきは破壊的イノベーション
ですから、例えば中小・ベンチャー企業が新しいビジネスモデルを考える場合、既存大企業とガチで殴り合う持続的イノベーションの形に作り込んでしまうと、既存大企業 と同じレッド・オーシャンの土俵の上で、血みどろの総力戦を繰り広げざるをえなくなり、得策ではありません。
大手優良企業の足をすくい、破滅に追い込んだのは破壊的イノベーションなのですから、中小・ベンチャー企業がビジネスモデルを考える際には、破壊的な型になるようにすべきでしょう。
いかがでしたでしょうか?
次回は「なぜ歴史ある大企業は破壊的イノベーションに自ら道を譲ってしまうのか」について学びます。お楽しみに!
さらに勉強を深めたい方には、拙著『日本のイノベーションのジレンマ第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』が2020年8月25日に発売されましたので、お近くの書店等で手に取ってみてください。