しゅんぺいた博士の破壊的イノベーター育成講座
前回までの連載で私達は、歴史ある大企業がイノベーターのジレンマに陥ってしまう原因として、
①企業は市場の上(利益率が高い方向)には上がれるが、市場の下(利益率が低い方向)には降りられない「非対称的モチベーション」を持つこと、
②顧客が利用可能な性能(技術的ニーズ)には上限があるため、提供されている製品の性能が「顧客が利用可能な性能」を上回った場合、顧客はもうそれ以上の性能向上に価値の向上を感じなくなること、
③しかし企業はなかなか自社の「持続的イノベーション」が「顧客の需要を行き過ぎてしまっている」ことに気づけず、
④破壊的イノベーションによる製品やサービスの性能が、自社製品の主要顧客が求める性能に達したとき、自社の顧客は雪崩を打ってそれを採用し、既存企業は「破壊」されてしまう、
ということを学びました。
今回からはいよいよ、「自社が『破壊される側』から『破壊する側』になるにはどうしたらよいか?」についてお話ししましょう。
1.「無消費の状況」を探せ!
読者みなさんの中には、上司から「新規事業のアイデアを考えろ!」と命じられて、どこから手を付けてよいか分からず途方に暮れている方もいるでしょう。理屈から言えば、自社が手がけていない事業なら何でも「新規事業」だと言えるので、宇宙ロケットによる衛星打ち上げビジネスからラーメン屋さんまで、どんなビジネスでも当てはまりそうで、的の絞りようがありません。
そこで道しるべとなるのが、クリステンセン教授が『ジョブ理論』という本の中で提唱した「無消費(ノン・コンサンプション)」という考え方です。無消費の状況とは「何らかの『制約』によって製品やサービスが使われていない状況」のことを指します。
新規事業を探すには、まず、この「無消費の状況」にいる「無消費者(ノンコンシューマー)」を見出し、次に、その消費を妨げている制約を解き放つような、できるだけシンプルな解決策をチームで考えるとよいでしょう。そうすれば、きっと「新市場型の破壊的イノベーション」を起こすことができるはずです。
2.無消費を生む4種類の「制約」
では、私たちの消費を妨げる「制約」には、どのようなものが考えられるでしょうか? クリステンセン教授は、制約には「スキル」「資力」「アクセス」「時間」の4つがあると言います。
2.1 スキルによる制約
スキルによる制約とは、人々が適切なスキルを持っていないがために、使いたい製品やサービスがあっても、それを消費できない状況です。
1970年頃までのコンピュータが、まさにそうでした。当時主流だった大型コンピュータ(メインフレーム)は、トレーニングを受けた専門のオペレーターが数人がかりでやっと使うことができるものでした。その後台頭したミニコンピュータも、複雑な操作法や命令をマスターしなければ使いこなせない専門家向けの製品でした。
つまり、パソコンが登場する前のコンピュータは、使いこなすためにスキルを持った専門家を雇う必要があったのです。これでは、世の中の大半の人にとっては「コンピュータが使いたい」と思っても、そのための求められるスキルの障壁のあまりの高さに尻込みしてしまったことでしょう。
もし皆さんになじみのある分野で、専門家の手助けが必要不可欠な製品やサービスがあれば、それはすなわち、消費するために「スキルによる障壁」が存在している証しであり、そこに無消費という名のビジネスチャンスが生じている可能性が高いのです。
2.2 資力による制約
資力による制約とは、平たく言えば、消費者が「欲しいけどお金が足りなくて買えない」状況のことです。
イノベーションの歴史を振り返れば、プロセスイノベーションなどによって劇的なコストダウンを達成した企業は、価格を引き下げても充分な利益を確保できるようになり、一部の富裕層や大企業だけでなく、一般消費者や中堅中小企業などのはるかに多くの顧客を手に入れて、利益を増大させてきました。
例えば、米フォード・モーターの創設者であるヘンリー・フォードは、ベルトコンベアによる流れ作業で自動車生産プロセスのイノベーションを起こし、大量生産を通じて自動車の大幅な低価格化を実現しました。
これにより、それまでは貴族や大富豪が道楽で所有するものだった自動車の「資力による制約」を解き放ち、一般人でも購入できるようにしたことで、自動車は庶民の日常生活の足となり、リアカーの代わりに荷物を運ぶ役割をも担うようになって、世界中に広く普及したのです。
2.3 アクセスによる制約
アクセスによる制約とは、ある商品やサービスが、特定の場所や状況に「閉じ込められて」いて、そこでしか使えない状況のことです。
ウォークマン登場以前に居間にデンと陣取っていたオーディオシステム、ノートパソコンが登場する前の据え置きパソコン、携帯電話が登場する前の固定電話機などは、電源コンセントが必要だったりしてある特定の場所(自宅や大企業のオフィス)に行かなければ利用することができませんでした。
また、かつてはゲームセンターに行かなければ、テレビゲームで遊ぶことはできませんでしたし、写真屋さんでフイルムを現像してもらわなければ写真を見ることは不可能でした。
こうした、ニーズが存在するにもかかわらず顧客がアクセスしにくくなっている状況を見つけ、それを解決する製品やサービスを実現することができれば、破壊的イノベーションを起こすことができるでしょう。事実、これらの制約を取り払ったウォークマン、ノートパソコン、携帯電話、ファミリーコンピュータ、写真画質のプリンタなどは、いずれも大ヒット商品となっています。
2.4 時間による制約
時間による制約とは、それを消費できるだけのスキルもお金もあり、しかも提供されている場所にアクセスできるにもかかわらず、消費するのが面倒だったり時間がかかり過ぎたりする場合に生じます。
例えば、学生時代はテレビゲームにのめり込んでいた人でも、社会人になってからはやらなくなってしまった人は多いでしょう。大作ゲームはクリアするために膨大な時間が必要で、忙しい社会人はなかなか取り組みづらいからです。
しかし、最近のスマートフォン用のゲームは、すきま時間でも遊べるように工夫されていて、スマホ時代になってから再びゲームをするようになったという人も多いと思います。これなど、社会人の「時間による制約(+アクセスの制約)」を上手く取り払い、新しい消費を生み出した例の一つです。
もしこうした「時間による制約」を見つけることができ、それを解決するための、使い方がより簡単で、楽しみながらやすきま時間で使い方をマスターできるような製品やサービスを提供することができれば、新たな破壊的ビジネスを生み出すことができるでしょう。
さらに勉強を深めたい方には、拙著『日本のイノベーションのジレンマ第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』をお近くの書店等で手に取ってみてください。