しゅんぺいた博士の破壊的イノベーター育成講座
前回までの連載で私達は、自社が「破壊される側」から脱して破壊的イノベーターになるには、「スキル」、「アクセス」、「時間」など、何らかの「制約」によって製品やサービスが使われていない「無消費の状況」にいる「無消費者(ノンコンシューマー)」を見出し、その消費を妨げている「制約」を解き放つような、できるだけシンプルな解決策をチームで考えるとよいことを学びました。
満足過剰の顧客を探す
しかし、いくら「無消費の状況」を探しても、どうにも見つからなかった場合には、破壊的イノベーションを起こす第二の道、すなわち「満足過剰の状況にある顧客を探す」とよいでしょう。この方法は、自社の製品やサービスが、ある顧客グループにとって、特定の性能がこれ以上向上しても満足度の向上につながらないような状況に陥っているときに有効です。
「満足過剰」という概念は「高性能=高付加価値」という等式を信じて疑わない多くのエンジニアにとっては、にわかに受け入れがたい話でしょう。しかし、私たちの身の回りを見わたしてみると、自動車の最高速度やパーソナルコンピュータのクロックスピード、8Kテレビやスマホ連動白物家電など、顧客がすでに今ある製品やサービスで「お腹いっぱい」で、それ以上性能や機能を「盛りつけ」られてもちっとも満足度が向上しない「満足過剰の状況」にあるものは結構多いのではないでしょうか?
もしあなたの会社の製品やサービスにいくら機能や性能を追加しても、顧客がそれに見合った高い価格を払ってくれないような状況に陥っているなら、危険信号です。
どこかの誰かが、よりシンプルで低価格なソリューションによって、あなたのビジネスを破壊しようと虎視眈々と狙っているかもしれません。
これを防ぐための方策は、
「破壊される前に、自ら破壊する」か、
「破壊的イノベーター企業を買収する」
しかありません。
「自ら破壊的イノベーション製品を発売したら、上位製品が売れなくなる」と、社内で異論が出るかもしれませんが、別ブランドにして別会社から破壊的イノベーションの製品を販売するなどしてでも手を打っておかないと、ピークの2013年には約7500億円あった売上が、7年間で5千億円以上も減って、2020年には約2300億円になってしまったニコンの映像事業部門のように、他社に破壊されかってしまうことになるかもしれません。
もしあなたの会社が「満足過剰な顧客」を捕まえる「ちょうどいい」品質と価格の製品やサービスを創り出すことが出来れば、イケアの家具やアイリスオーヤマの家電、QBハウスのヘアカットサービスや回転寿司、ブックオフや俺のフレンチ、ティファールの早湧き電気ケトルなど、あなたの会社もローエンド型の破壊的イノベーションを起こすことが出来るでしょう。
新しい酒(破壊的イノベーション)は新しい革袋(独立した組織)に
クリステンセン教授の理論から導かれる破壊的イノベーションの「定跡」のうち、最も重要なものの1つが「破壊的イノベーションは独立した経営資源を持つ別組織に任せよ」というものです。
既存顧客の要求をより一層満足させることに最適化された持続的組織に「破壊的イノベーションを起こせ」と言うのは、空高く速く飛べるように進化した鳥に向かって「明日から地面に潜ってモグラと一緒に穴を掘れ」と言っているのと同じで、どだい無理な話なのです。
なぜなら、組織は、技術・人材などの「資源」を、組織の構成員が日々の行動を決定する際に用いる「価値基準」を通じて配分し、グループや個人が組織のなかで協調したり相互作用したりする「プロセス」によって製品やサービスへと変換していると考えられます。
そして、経営者が意図的に変えない限り、「価値基準」や「プロセス」は変化しません。ですから、持続的イノベーションを起こす上ではうまく働いた組織の価値基準やプロセスが、破壊的イノベーションを起こす上では逆に阻害要因になってしまうことがままあります。
このことを、ソニーが家庭用テレビゲーム機市場に「プレイステーション」で参入したケースで学びましょう。
テレビゲーム機は、本体価格が安くなければ子供やその親に買ってもらえません。また、子供達は遊べるゲームソフトの品揃えが豊富でなければ、そのゲーム機を選んではくれないでしょう。
そのためには、ゲーム機本体をなるべく早く大量に普及させ、いいゲームを作りさえすればソフトの大量販売が見込まれるという環境をいち早く整え、ゲームクリエイター達を惹き付けるプラットフォームを、他社に先駆けて確立する必要があります。
これらのことを考えると、既存の家電と同じ感覚で、製造コストに利益を乗せてゲーム機の値付けをしていたのでは、ゲーム機本体の素早い大量の普及は到底見込めないことが分かります。
つまり、このプロジェクトは、ソニーの既存組織の「価値基準」(ハードに利益を乗せて打って儲ける)との適合性が悪く、また、プラットフォームビジネス確立のために、子供達(消費者)のことだけでなく、ゲームソフトを創るクリエイターの気持ちもわかる人たちを加え、全く新しいビジネスの「プロセス」を構築することが必要だったことが分かるでしょう。
この理論を知ってか知らずか、ソニーは、家庭用ゲーム機市場に進出する際に、ソニー社外に「ソニー・コンピュータエンタテインメント(現 ソニー・インタラクティブエンタテインメント)」という新しい組織を作り、ソニー本体や研究所だけでなく、ソニーミュージックからも人材を集めて、新しい価値基準とプロセスを持った別組織でプロジェクトを進めることを選びました。
そして、大量の部品調達や大胆な設計でゲーム機の製造コストを大幅に下げ、利益も削ってゲーム機本体の販売価格を圧倒的に安くし、ハードではなくソフトの受託製造で儲けるビジネスモデルで成功したのです。
このケースからもわかるように、新しい酒(破壊的イノベーション)は、新しい革袋(独立した組織)に入れてやらないと、充分な経営資源が割り当てられず、腐ってしまうのです。
さらなる成長のために
いかがでしょうか?
これまで全7回の連載で、皆さんはイノベーションに対する正しい認識や分類法、破壊的イノベーションの本質となぜ歴史ある大企業であっても太刀打ちできないのか、そして破壊的イノベーションを起こす方法まで、一通り理解することができたことと思います。
さらに勉強を深めたい方は、関西学院大学ビジネススクールの教室でお会いするか、拙著『日本のイノベーションのジレンマ第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』をお近くの書店等で手に取ってみてください。