ヘルスケアビジネスで成功するマーケティング|新ビジネスの種

2016年10月19日

第6回 健康行動の意思決定を支援するPROMOTION

あの人にとっての「いいもの」って?

私は今朝も、走っている彼女を見かけました。
いつもランニングしているんだから、きっとランニング好きなんだろうな…と、私は勝手に想像しています。

でも、思いました。そもそも彼女が走り始めるきっかけは何なんだろう? なんで彼女は毎日毎日走り続けることができるんだろう? 私は、彼女が何かに突き動かされて「走る」という意思決定した“結果”を、いつも見ているだけなのかもしれません…。

「走る」という運動習慣が健康の維持・増進に大きく寄与、貢献することは、高いレベルの複数の学術研究が認めています。これはれっきとした「正しいもの」ですし、「正しいもの」が、ひとの行動の意思決定の“情報支援”になることは確かです。でもそれって、行動を起こすスイッチのロックを解除したまでのこと。決してスイッチが入った状態ではありません。ひとの行動の意思決定には“情報支援”に加え、もうひとつ、スイッチをオンする“感情介入”が求められます。つまり、「正しいもの」として伝える情報支援でロック解除 +「いいもの」として伝わる感情介入でスイッチオン =「行動しよう」という意思決定!という公式が導き出されます。

この「いいもの」を解釈するのにとても有用な理論を紹介しましょう。マーケティングという学際分野の消費者行動学という学問のなかに、「制御焦点理論」というものがあります。実は、この制御焦点という考え方を理解することで、「いいもの」の構造解析が可能になります。

まずAパターンの「走る彼女」。

  1. (1) 彼女は、病気とか加齢といったネガティブな結果にいつも敏感な人です。
  2. (2) なので、彼女は病気とか加齢といった損失を回避するために走っているのです。

次にBパターンの「走る彼女」。

  1. (1) 彼女は、健康とか美容といったポジィティブな結果にいつも敏感な人です。
  2. (2) なので、彼女は健康とか美容といった利得に接近するために走っているのです。

私たちは、走っている人たちを一括りにして「走っている人」と単純に見てしまいがちですが、実は走るきっかけも走り続ける理由も根本から異なるAパターン、Bパターンという具合に分類できるのです。Aパターンの損失回避の行動制御を“予防焦点”(prevention focus)、Bパターンの利得接近の行動制御を“促進焦点”(promotion focus)と呼びます。

となると、焦点モデルの異なる両者に意思決定支援をする際には、その感情介入のアプローチ方法が大きく違ってくるということが容易に想像できます。制御焦点理論を借りて、これを説明すると次のようになります。

損失回避のAパターンの彼女に走るきっかけをつくったり、走り続ける理由を見出したりしてもらうとき、強い義務を彼女の文脈に記述することが求められます。
利得接近のBパターンの彼女の場合は、きっかけづくりや継続の理由に、強い理想を彼女の文脈に描写することが求められるのです。

なぜ「ライザップ」は会員を集め続けられるのか?

フィットネスジム「ライザップ」のプロモーション戦略を、制御焦点理論で分析するとこうなります。

ライザップは、広告にAKB48の峯岸みなみさんを起用し、「美」へのあこがれを描写しました。これは、制御焦点理論のいうところの“促進焦点”であり、「美」という利得に接近したい女性への訴求を強化しました。そして、市場で優先的ポジションが確立すると、次に起用したのは森永卓郎さんでした。中高年の男性をターゲットに、「肥満」をどうにかしたいという損失回避の“予防焦点”の人たちに向けたプロモーションを仕掛けたわけです。
単純に、人が敏感になる複数のテーマで、促進焦点プロモーションと予防焦点プロモーションを繰り返せば、メリハリのある強いイメージのプロモーションがかないます。

執筆者:西根英一(株式会社ヘルスケア・ビジネスナレッジ 代表取締役社長、マッキャン・ワールドグループ 顧問、事業構想大学院大学事業構想研究所 客員教授)
編集人・編集責任者:武坂

西根英一氏

<プロフィール>
マーケティングデザイン開発とコミュニケーションデザイン設計の専門家。商品開発、サービス創造をはじめ、市場戦略、販路開拓、顧客獲得のための“精緻な設計図”を描き、広告プロモーション、戦略PRを最適化する。近著に、『生活者ニーズから発想する健康・美容ビジネス「マーケティングの基本」』(宣伝会議)。 大塚グループ、電通グループを経て、マッキャン・ワールドグループ。大手企業、全国の中小企業のヘルスケアビジネスをマーケティング戦略面からコンサルテーション、地方自治体の地域ヘルスプロモーションを支援する。各種研究機関の役員、委員も務める。大学教員(専門:ヘルスケアマーケティング、若者マーケット)。講演登壇、番組出演、教育研修の機会多数。