新規事業を立ち上げる前に知っておきたい10のポイント|新ビジネスの種

2017年9月19日

第5回  新規事業立案に不可欠な着眼点~高齢者ビジネス編~

前回のコラムでは新規事業プランを作る際に持っておくべき着眼点について述べました。

「何か難しそうだな~」とか、「具体的な事例はないかな~」等とお感じになった方がおられるかもしれません。

今回は高齢者ビジネスの領域で実際に新規事業を立ち上げた2社の事例を紹介しながら、新規事業プラン作りの着眼点についてより理解を深めていきます。

前回の復習

まずは前回のコラムのポイントを復習します。

新規事業プランを作る際のポイントとして二つ視点をご紹介しました。一つ目のポイントが「市場の魅力度」。二つ目は「自社との適合度」です。

市場の魅力度とは「想定される市場規模の大きさ」と「市場の成長性」の二つの視点から評価します。ビジネスを立ち上げる時には「市場規模」だけに注意が行きがちで、もちろん市場規模も重要な要素ではあるのですが、新規事業として参入していく場合には、「市場の成長性」もより重要な指標として考える必要があります。

また、自社との適合度についてはアンゾフの成長マトリクスを活用して解説しました。新規事業をする際に成功確率が相対的に高い戦略は新製品を既存顧客に提供する「新製品開発戦略」と既存製品を新しい市場に提供する「新市場開発戦略」の二つです。

ここまでを前回のコラムでご紹介しました。今回のコラムでは実際の事例を活用し、前回のコラムでご紹介したフレームワークをどう活用するかを考えていきます。

「新市場開発戦略」の事例

まず最初にご紹介するのは、株式会社Moffの事例です。

Moffは2013年に大阪イノベーションハブで開催された、ものアプリハッカソンから生まれた成長著しい関西発ベンチャー企業です。

当初開発した製品は子ども向けのウェアラブルデバイスで、腕時計のように手首に巻いて遊ぶものでした。このデバイスを手首に巻き、専用のアプリを立ち上げると、手の動きと連動してアプリから音が出るというソリューションです。

例えばホウキを使ってギターの音を出したり、丸めた新聞紙を使って電子銃やおもちゃの刀になったような音を出すことができます。子どもの身の回りの物をおもちゃに変えてしまうことができる製品で、シリコンバレーからも注目されています。

この製品はMoff bandとして今も多くのユーザーが利用していますが、このMoff bandの技術を活用した高齢者向けのソリューションを開発し、新規事業として新しい展開をスタートしています。

日本の人口は世界でも例にないほど急速に高齢化が進み、この高齢者層をターゲットにしたビジネスは今後大きな成長が見込まれています。市場の魅力度という観点では、その規模が大きく、かつ成長率も今後少なくとも十数年は高く維持され続ける有望な市場と言えます。

また、自社との適合度という観点でMoffの新規事業を分析すると、アンゾフの成長マトリクスの「新市場開発戦略」に該当するとわかります。子ども向け製品で培ったウェアラブルデバイスの技術を活用し、今までのターゲットである子どもとは別の、新しいターゲットである高齢者向けに新事業を展開しています。

バンドとアプリのみで利用できるというのは子ども向けソリューションと全く同じで、そのコアになる技術も子ども向け製品と同じ3Dモーションセンサー技術を活用しています。

この新サービスは「モフトレ」というブランド名で展開されており、このモフトレを活用することで高齢者の活動結果を自動的に記録でき、その活動記録に応じた運動プログラムを提供することで高齢者の自立支援につなげるというのがサービスのコンセプトです。

このモフトレはワールドビジネスサテライトや日経ヘルスをはじめ、多くのメディアでも取り上げられ、大変注目されているソリューションです。市場の魅力度、自社との適合度ともに高く、非常に有望な新規事業と言えます。

「新製品開発戦略」の事例

次は「新製品開発戦略」の事例をご紹介します。
広島県にある株式会社ノースハンドグループの事例です。

ノースハンドグループはジェネリック医薬品販売からビジネスをスタートし、その後調剤薬局運営事業を展開。30年に渡り着実に経営をしてきた老舗企業です。調剤薬局事業で介護施設と取引する中で、社長である北村氏は「介護施設の運営をするスタッフの方々があまりにも大変そうだ。この人達を楽にする方法はないものなのか」との思いを持つようになりました。

そこで北村氏は、まず自ら介護事業を運営し、そのオペレーションの研究を始めました。様々な試行錯誤を行う中で、介護スタッフの負担を軽くするにはITを活用する以外には方法はないとの結論に至り、既存ビジネスとは全く違う介護事業者向けソフトウェアの開発を新規事業として立ち上げることを決断しました(多くの社員から反対されたそうです)

決断の背景は以下の3つです。

  • 既存のジェネリック、調剤薬局事業は確かに安定しているが、今後の成長を考えると大きくは見込めない。
  • 一方で、介護事業は今後大きく伸びる市場であり、介護事業者にはオペレーション上明らかな課題がある。
  • 既に自社には取引がある介護事業者があり、一定の品質を満たすソフトウェアを開発できれば既存取引先に販売は可能で、売上は上げられる。

この結果生まれた新規事業が「N-System」という介護事業者向けクラウド型在宅医療情報共有システム販売事業です。

北村社長の戦略は、既存事業から安定した収益を生み出している間に成長性が高い分野で新事業を立ち上げて将来の柱にするというものです。そのためにはソフトウェア開発に関わるリスクは取るに値するリスクだという判断でした。

顧客基盤は持っているものの、自社がこれまで扱っている製品とは全く別の製品を販売する戦略であり、アンゾフの成長マトリクスでは「新製品開発戦略」に該当します。

この事業もMoffと同様「市場の魅力度」「自社との適合度」ともに高い新規事業であり、有望な新規事業プランと言えます。
販売を開始してまだ1年も経過していない状況ながら、顧客からの反応が良く、順調に導入が進んでいます。今後はこれまでの顧客基盤以外にも展開することが見込める状況になっているそうです。

二つの事例に共通すること

今回のコラムでご紹介した株式会社Moffと株式会社ノースハンドグループの新規事業プランで共通する点は、両社とも市場の魅力度が高い高齢者ビジネスに着目した点と、自社との適合度が高いビジネスを選んでいるという点です。(前回のコラムの図の中の「有望」に入ります)

市場の後押しを土台として、Moffは自社の技術を新しいターゲットに展開する新規事業戦略をとっています。また、ノースハンドは自社が持つ顧客基盤に新しい製品を展開するという新規事業戦略をとっています。

もちろん新規事業プランだけでその成否が決まるわけではなく、ビジネスモデルや販売戦略など重要な要素は他にもありますが、成功する可能性を十分に持つ新規事業プランだということは言っても良いかと思います。

以前のコラムにも書きましたが、新規事業立上げには相応のリスクが伴います。
不要なリスクを排除し、可能性が高いプランに自社の限られたリソースを効率よく投入することが新規事業の成功の大原則です。

今回の事例を参考にしていただき、より可能性が高い新規事業プラン作りにお役立ていただきたいと思います。

執筆者:株式会社eパートナーズ  代表取締役 出口 彰浩氏
編集人・編集責任者:武坂

出口 彰浩氏

<プロフィール>
株式会社eパートナーズ(http://www.epartners2015.com/) 代表取締役。中小企業の成長戦略達成支援、新規事業構築支援等のコンサルティングを提供。成長意欲が高い中小・ベンチャー企業を中心に、経験から培ったノウハウと最新の経営理論の両面を駆使した戦略を提案。
某シンクタンクで経営コンサルタントとしてのキャリアをスタートし、約7年新規事業開発やマーケティング等のプロジェクトに参画。2年間の海外MBA留学を経てベンチャーキャピタル業界へ転身。10年以上に渡り経営メンバーとして多くのベンチャー企業の成長に携わる。
趣味の剣道は30年以上のキャリアで、錬士七段。少年剣道の指導も実施。剣道の教えは驚くほど経営にも当てはまると学びながら日々現場で奮闘中。