研究者から転身!世界初の血糖値センサーで、病気のない世界を実現
世界初の非侵襲血糖値センサーを開発した代表・山川 考一氏。開発背景や経営者としての課題、実現したい世界観をお聞きした。
最初に、糖尿病の現状についてお聞かせください。
糖尿病には代表的なものとして1型と2型があり、1型は体内でインスリンが生成されなくなる自己免疫疾患、2型は遺伝に加えて肥満や運動不足などの生活習慣によってインスリンが効きにくくなる生活習慣病です。どちらかといえば、2型糖尿病のイメージをお持ちの方が多いかもしれませんね。
糖尿病は、血糖値を下げるインスリンという物質が生成されなくなる、効きにくくなる病気です。体内にインスリンが無くなると生命維持ができず、数日で死に至ります。そのため、糖尿病患者の方々は、「血糖値測定」と「インスリン注射」をするために、1日4~5回、自らの体に針を刺さないといけない。特に1型の患者の方々は生きるために、年間約3000回も体を傷つけないといけないんです。
感染症のリスクがありますし、食事や運動、日常生活に制限がかかる。特に1型糖尿病は幼少期から発症する可能性があります。患者本人はもちろん周りの人たちにとっても、その苦悩は想像以上のものでしょう。
開発した『非侵襲血糖値センサー』は、どのような特徴があるのでしょうか?
糖尿病患者さんの肉体的負担と精神的負担を軽減できることです。
まず非侵襲、つまり採血することなく血糖値を測れます。先ほど、年間約3000回も体を傷つけないといけないとお話しましたが、針を使用するのはインスリン注射のみとなるので、それが約半分に削減されるのです。痛みを伴わないので、肉体的、精神的な負担を軽くできます。
具体的には、どのような仕組みなのでしょうか?
センサーに指を当ててレーザーを5秒間照射すると、即座に血糖値が表示される仕組みです。高輝度の「中赤外レーザー」を応用し、血液中の糖(グルコース)の吸収を測定します。
試作段階ではティッシュボックスくらいの大きさだったのですが、現在は手で握りやすい、ペットボトルくらいの小型化をめざしています。バッテリーも搭載して、手軽に携帯しやすい大きさです。1型糖尿病の患者・家族を支援するNPO法人「日本IDDMネットワーク」さんと協力しながら、クラウドファンディングにも挑戦していて、2021年の製品化をめざしています。
「世界初の非侵襲血糖値センサー」と謳われていますが、同じような研究が世界中で行われていたのでしょうか?
そうですね、非侵襲センサーの開発は約30年前から研究されてきました。特許もたくさん出ていますし、日本の大企業でも取り組まれていましたが、途中で断念するケースがたくさんありました。
世界初というのは、国際標準化機構(ISO)の基準を満たしたということ。新しいレーザー発振方法を開発し、極めて高い検出精度を実現することで、医療機器として認められるための基準を初めて達成したんです。
本来、人体の中にある物質を非侵襲で測るのはとても難しい。体温が変わるのと同じように、血中の状況も常に変わるので。非侵襲で測定できると分かったときは素直に嬉しかったですね。
以前、山川様は大型レーザーの開発に取り組む研究者だとお聞きしました。
はい、国立研究開発法人「量子科学技術研究開発機構」の研究者として、巨大な電力を生み出すレーザー開発に携わっていました。2003年には、当時の世界最高出力である850兆ワットのレーザー開発にも成功しています。あまり想像できないですよね(笑)大学院を卒業してからの約25年間、ずっと最先端レーザー開発に取り組んできました。
山川様が糖尿病に注目したのは、どのようなきっかけがあったのでしょうか?
実は、私の知り合いのお子さんが1型糖尿病なんです。当時、3歳くらいだったかな。お話をお聞きすると、日常生活の辛さをひしひしと感じました。例えば、血糖値を測るために、夜中であっても寝ているお子さんを無理やり起こさないといけない。泣きじゃくるお子さんに採血しなければならない親御さんも辛い。
1型糖尿病の発症は誰が悪いわけでもありません。その事実を知っていたとしても、親御さんは自分が原因だと責めるんです。このような辛い日々が何十年も続く。どうにかして負担を軽減できないかと考えたとき、針を刺さずに血糖値を測る可能性を模索しはじめたんです。
レーザー研究の第一線を歩んできたなかで、非侵襲血糖値センサーの開発に着手しようと思った背景には、どのような心境の変化があったのでしょうか?
世界最高峰のレーザー開発に挑み続けるのも素晴らしいことですが、目の前の人を助けられていないと思ったんです。研究・開発にはたくさんのお金がかかります。時間もかかります。同じリソースを割くのなら、すぐに社会に役立つことに携わりたいという思いが日に日に強くなり、非侵襲血糖値センサーの開発に注力しようと考え方がシフトしました。
開発に至るまで、ご苦労された点はありますか?
取材などでよく聞かれるのですが、これまで大型レーザーの開発で培った経験によって、開発の道筋もある程度は見えていたのであまり苦労はしませんでした。JSTの「大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)」に採択いただいたり、医学界のオリンピックと呼ばれる「日本医学会総会」で講演をさせていただいたり、実用化に向けた開発やメディア露出が大幅に進む機会にも恵まれました。
非侵襲血糖値センサーが事業化の要素を含んでいたのと、他の企業との事業連携も模索しましたが、世の中や社内の情勢によって開発が止まってしまう可能性もあると考えて、2017年7月にライトタッチテクノロジー株式会社を創業しました。そうですね、苦労といえば、経営者になってからのほうが多いですね。
研究者と経営者と比較して、どのようなご苦労を感じているのでしょうか?
研究者の主な仕事は研究です。極端な話、実用化・製品化は考えなくてもいい。日々新しい研究成果を生み出し、世界初をめざす。一方、経営者は全部をやらないといけない。経営が成り立つように事業計画をつくらないといけないし、非侵襲血糖値センサーを糖尿病患者の人たちに使ってもらわなければ元も子もありません。創業してからというもの、自分が担うべき仕事がドッと増えました。
2018年の大阪トップランナー育成事業プロジェクトに認定されましたが、どのような利点がありましたか?
先ほどのお話にも繋がるのですが、会社の足元を固めることができました。担当いただいたコーディネータの方にお話を伺うと、事業計画と財務計画がリンクしていないことが判明したんです。創業したときに書いた財務計画があまりにもざっくりしていて(笑)「このままだと、数ヶ月後にお金がなくなります」って聞いたときには驚きました。もし、大阪トップランナー育成事業プロジェクトに認定されていなければ、どこかで失敗していたかもしれません。その後、経営相談の専門家をご紹介いただき、5年間の財務計画をきっちりと引いて。ようやく会社らしくなってきたなと思います。
また、大阪トップランナー育成事業プロジェクトの認定授与式のとき、関西テレビや日刊工業新聞、日本経済新聞から取材を受ける機会がありました。幅広いメディアに露出できたおかげて、お問い合わせをたくさんいただいています。
山川様と同じように、研究者から経営者になろうと考えている方が多くいらっしゃると思います。その上で、どのようなことを心がけるべきでしょうか?
私もまだ経営者として駆け出しの身ですが、主に2つあると思っています。
1つ目は、1本の線を引くこと。出口があり、技術があり、目標に向かってやるべきことがある。私の場合、糖尿病患者さんの負担を軽減したいという「出口」があって、非侵襲血糖値センサーという「技術」があって、病気のない世界を実現するという「目標」に向かっている途中です。一方で、「こんないいものを開発しました、いかがですか?」と、研究成果をアピールするだけでは誰も耳を傾けてくれません。事業化に向けて1本のラインを引く作業は、時間をかけて考えるべきかなと思います。もちろん「出口」のマーケットがちゃんとあることも大切です。
2つ目は、妥協も否定しないこと。研究者は100%を追求しますが、実用性を考慮するなら80%でもいいから早々と製品として世に出すべきかもしれない。もちろん、スペックを追い求めるのは大切。ただ、その間にも辛い思いをしている人たちがいる。両者を天秤にかけたときに、どのタイミングで製品化するのかを見極めるのが大切です。
最後に、今後の展望についてお聞かせください。
病気になる前に病気の要因を発見する、未病・予防を追求したいと思っています。病気になってしまうと患者さんご本人だけでなく、そのご家族、周辺にいらっしゃる方々も辛い思いをします。特に不治の病だと、一生続いてしまうので。例えば、糖尿病予備軍と呼ばれる人たちがたくさんいますが、早期発見することで食事管理を徹底できますし、患者数が激減すれば医療費削減にも貢献できます。
また、レーザーの波長を変えることで、その他の血中物質を測定できる可能性があります。現在は血糖値に注力していますが、将来的には中性脂肪やコレステロールを測れるように横展開していけたらと考えています。さまざまな生活習慣病の予防を通して「病気のない世界」を実現したいですね。