スピーディーで正確な病理検査を可能にする機器を開発。国民の健康を守り、医療費を削減する
人手を介した作業を省略、より高精度な診断を可能に。医療・理化学機器製造販売メーカーが、なぜ新たな検査機器開発に挑んだのか?
開発した「LBC自動細胞洗浄遠心機」とはどのような製品ですか?
端的に言うなら、細胞を用いた病理検査を効率化し、検査の精度を高めることを可能にする機器です。検査を行うためには、採取した細胞の固定、洗浄、スライドへの塗抹、染色など、数多くの工程が必要です。これらをきちんと行わないと、正確な診断ができません。LBC自動細胞洗浄遠心機が担うのは、これらのプロセスの中の「洗浄遠心」です。 従来の手法では固定した細胞を遠心し、上澄みを除去(デカント)したうえで精製水分注を行って撹拌し、さらに遠心を経て再び上澄みの除去、精製水分注、遠心・撹拌という非常に手間がかかる工程を経ないと、スライドへの塗抹が行えませんでした。このプロセスを自動化し、省略が可能となるのが本機です。
自動化することで作業時間の短縮が可能となり、結果的に人の手による誤差がなくなることで検体を標準化することができ、人が付いている必要がないというメリットもあります。実はこの点こそが、現代の日本が抱える課題と深くリンクしているのです。
社会の高齢化に伴い、患者数と病理検査を行う人は増加の一途をたどっています。病理検体数でいうと、この10年で約1.7倍になりました。では、検査の担い手である細胞検査士や病理診断医の数はというと、それぞれ約4,000人と1,800人。これは10年前とほとんど変わっていません。つまり、検査のニーズに対して人員の負担が増えているというのが現状です。
将来の人手不足は検体の取り違えや誤診断という医療ミスを引き起こしかねません。人手不足のために検査が受けられず、病気を発見できない、進行を止められないという事態も起こりえます。また、検査に手間がかかれば、人件費もかさみますから、結果的に患者側の医療費負担の増加にもつながるのです。 また、直接人の手によって上澄み液を除去する「デカント」の作業は、担当する医療スタッフの技量によって検体の良し悪しが生まれます。つまり診断にばらつきが生じてしまうのです。本機を使用すれば、熟練の検査士でも新人でも、ほぼ等しい検査結果を導き出すことができます。
本機の活用が期待されている疾患のひとつが、子宮頸がんです。 日本では、ワクチンを接種した際の副作用が相次いで報道され、接種率が落ち込んだことで、子宮頸がん発症のリスクが高まっています。そこで正確で素早い検査を後押しする本機が普及すれば、より早期発見、早期治療が可能になると考えています。
LBC自動細胞洗浄遠心機の開発に至った経緯をお教えください。
当社の社名である「ゼク」は、ドイツ語のゼクション、すなわち「解剖」に由来しています。解剖室で用いる機器や解剖室そのもののありかたを提案するのが、当社の主力事業です。テレビドラマで病理医や法医学現場が取り上げられることがありますが、あの舞台こそが、私たちのビジネスの現場なのです。タイミングとしては、病院の新築や改築といった大規模な機材の入れ替えが、ビジネスチャンスなのですが、そのような機会が何度も巡ってくるものでもありません。
解剖室が完成してしまうと、当社のビジネスがそこで途切れてしまう。それが一番の問題と感じていました。そこで施設が完成した後でも、導入してもらえる機器を取り扱うことは、当社にとって重要な課題でした。本機は卓上サイズのコンパクトな機器ですから、既存のお客様にも提案が可能です。
LBCとは液状化検体細胞診の意味で、近年普及しつつある細胞診を行うための標本作製の手法のことです。感覚値ですが、LBCの普及状況は約3割で、7割は従来の手法が行われています。 私自身がLBCという技術に出会ったとき、「この技術は必ず普及する。私たちが扱うべきだ」と強く思ったことを覚えています。というのも、以前に苦い経験があったからです。
かつて免疫染色という、当時としては新しい技術と出会いました。普及の兆候がありましたが、当時取り扱う機会に恵まれませんでした。結果、免疫染色の分野だけでなく業界全体の情報・技術の進歩から取り残されてしまったのです。
当社は設立して5年ほどの若い会社です。後発企業が先を行く企業と同じことをしていては勝ち目がありません。他社がまだ手を付けていない分野を積極的に攻めていくことは、後発企業が生き残るためには不可欠です。かつての苦い経験と、当社の業界での立ち位置が、LBCへのチャレンジを決意させてくれました。
開発過程ではどのような苦労がありましたか?
1つは社内の説得です。先ほどもお話しましたように、細胞検査用の標本作製は、7割が従来の手法で行われています。となると「今の方法でも検査できるのに、どうして新しい方法を?」という医療現場の声も大きいのです。 特に、西日本よりも東日本の医療機関がLBCの導入に消極的傾向がありました。そのため、東日本エリア担当営業からは「LBCは本当に普及するのか?」「LBCに労力を割くぐらいなら、主力製品の提案をしていたほうが売上につながる」という声も上がりました。この意見に対して、LBCの将来性や製品の持つ市場性を説明し、納得してもらうことに苦労しました。
もう1つは、開発をともに行ったメーカーの説得です。実は本機は、開発パートナーである日立工機(現・工機ホールディングス)が過去にプロトタイプを開発したものの、実用化に至らずお蔵入りしていたという経緯があります。これに再び光を当て、実用化させようと考えたのです。
そこでカギとなったのがユーザー、つまり現場で働く細胞検査士や病理診断医の反応です。 具体的には、九州で行われた学会に本機を参考出展し、デモを行って医療スタッフの声を集めました。祈るような気持ちだったのですが、幸いにも参加者からの反響は上々。その様子を見た日立工機の関係者も、改めて開発を了承してくれました。
プロジェクト認定に応募したきっかけや、審査の経緯ではどのような苦労がありましたか?
大阪トップランナー育成事業のプロジェクト認定を知ったときは、正直なところ、「面倒だな」と思いました。助成金などを担当する当社の社員が紹介を受けてきたのですが、説明を聞くと、資料の作成やプレゼンなど、かなりの手間がかかりそうでした。そこにエネルギーを注ぐぐらいなら、1人でも多くの医療スタッフに会って本機のPR活動をし、デモを行ったほうがいいのではと思っていました。
ところが実際はこの「手間」こそが、価値あったのです。認定の審査は、書類審査だけでなくプレゼンも行われます。私はずっと営業畑を歩んできましたから、話すことや説明することに抵抗はありません。とはいえそれは、解剖分野や病理検査という“業界内”でのことでした。 対して認定の審査では、業界のことをまったく知らない人に説明する必要がありました。しかも、プレゼンの時間はわずか5分。この短い時間で業界や本機のことを正しく理解してもらうにはどうしたらいいのか?本当に悩みの種でした。そのような悩みを抱えてのプレゼン本番は、正直悔いが残りました。
悩んだ末にたどり着いた答えが、本機は「人手不足に伴う課題を解消する」「生産性を向上させる」というPRポイントです。また、「将来のAIの時代にマッチする」という強みも浮かび上がりました。この3点は、実は日本の社会全体が抱える課題に対する解決策であり、進むべき方向性でもあります。 込み入った技術の話よりも、誰もが「なるほど!確かに!」と思えるポイントを得て、伝えられるようになったことが、認定までの道のりを後押ししてくれたように思います。
認定への過程を通して得たプレゼン手法は、現在お客様への提案にも生かされています。 端的に納得度の高い説明を行えるようになったので「そんな機器なら、一度試してみよう」と言ってデモ機を導入してくれる医療機関が増えてきました。 ちなみに、プレゼン練習は認定プロジェクトに応募し、審査を通過した企業と一緒に行います。つまり、他社のプレゼンを見ることができますから、とても勉強になりました。今になって思うと、認定を受けた企業は、ジャンルは違っても、「社会の課題を解決する」という共通の問題意識があったのではないかと思っています。
現在の取り組みと今後の目標を教えてください。
認定後はコーディネータより、当社に寄り添った形でさまざまなアドバイスを頂いています。最近では、学会出展時やデモ後に行うアンケート内容に関する改善助言をいただきました。限られた機会でより有益な声を拾い上げるための、設問の仕方やアンケート項目など具体的なアドバイスです。
いま、課題となっているのは、本機の明確なセールスポイントを打ち立てることです。 現在「細胞標本作製がスピーディーに」というセールスポイントがあります。実際の作業時間は、従来15分ほどかかっていたものが、本機では7~8分と短縮されていますが、これをもっと縮めたいです。 そのための方法が機器の性能を改善することなのか、機器の使い方にあるかはまだわかっていません。デモを重ね、データを取り、そこからヒントを得て解決策を導き出していきたいと思います。
データを取ることは、医療スタッフによる論文発表にもつながります。また、臨床だけでなく、研究用途での引き合いも徐々に出てきています。臨床と研究の2本柱でデータが集まっていき、それらが論文投稿や学会発表として取り上げられることで世に発信されることは、本機の普及を加速させると考えています。
最後にトップランナー認定をめざす方へのメッセージをお願いします。
プレゼン力が確実に磨かれます。それはきっと、お客様へのトークやプレゼンにも活かされるはずです。私の場合、社員に対する話し方にも効果が生まれました。大変なこともあるかもしれませんが、その分、得られるものも大きいです。ぜひチャレンジしてください。