歩くことの楽しさを拡げたい。歩行アシストロボットが実現する健康で豊かな社会
世界初の非装着型歩行支援ロボットを開発したRT.ワークス株式会社。事業戦略本部 部長の鹿山裕介氏に開発背景や展望をお聞きした。
RT.ワークス株式会社の『ロボットアシストウォーカー』シリーズについてお聞かせください。
2015年に第1号機として発売したのが『RT.1』です。ご高齢の方が利用されているシルバーカーの未来形をイメージして開発しました。非装着型の歩行アシストロボットとして世界初のモデルとなり、高齢者や介護が必要な方の外出を助ける機能が備わっています。
続いて、2016年に発売したのが2号機となる『RT.2』です。基本的な歩行支援機能を引き継ぎながら、価格を抑えることに成功しました。介護保険にも適用しており、毎月700~800円ほどの自己負担額でレンタルできます。『RT.1』をフラッグシップモデルとしたときに、『RT.2』は普及型モデルという位置付けですね。実際、現在までに5,000台以上を販売しています。
また、2018年には、一般市場向けに電動キャリーカート『rakuSaka』も発売しました。ファミリーからアクティブシニアまでの幅広い世代を対象に、日常のお出かけはもちろん、レジャーシーンなどにもご活用いただけるモデルになっています。
いろんな介護ロボットのなかでも、歩行アシストロボットを開発した背景について教えてください。
当社では、『Encore Smart(アンコールスマート)』をコンセプトに掲げています。「Encore」とは退職された後のセカンドライフ、「Smart」とは自ら能動的に選択ができる、つまり、「高齢者の第2の人生をより豊かに充実したものにする」という意味です。
どうすれば、年齢を重ねても生涯現役でいられるのかと考えたときに、私たちは「歩行」に着目しました。自分の足で歩き、自分の意思で好きな場所に行けるのは、身体的・精神的な健康の維持にもつながります。外出や歩行についての不安を解決することが健康寿命に寄与できると考え、歩行アシストロボットの開発に取り組みました。
現在、どのようなユーザー様にお使いいただいていますか?
例えば、兵庫県宝塚市に『RT.1』のユーザー第1号となる方がいらっしゃいます。発売前にご予約をいただいて、私が製品をご自宅までお持ちしたんですよ。80代の男性の方なのですが、とてもエネルギーのある方なんです。不慮の事故で両手足が麻痺の状態になっても、自分の足で歩きたいという強い意思をお持ちで。リハビリを頑張っているときに、当社の製品を知っていただいたんです。
「生涯現役」をモットーにされていて、常にチャレンジング。本当に我々も刺激を受けます。目標立ててリハビリされていて、どんどん外出範囲が拡がっているそうです。その後『RT.2』もご購入いただいて、今度、楽しみにされていたお孫さんの結婚式に参加のためにハワイに行かれると、とても嬉しそうにお話をされていました。
御社の製品がとても愛されていることが伝わってきます
そうですね。このようなお話を聞くのはとても嬉しいですし、最初にご購入いただいたユーザー様ということで特別な思い入れもあります。歩行アシストロボットを世の中に出せてよかったなと。月並みですが、やりがいを感じています。『RT.1』や『RT.2』を通じて、ご本人はもちろん、そのご家族も、周りのみんながHappyになれる。そんな幸せな風景を増やしていきたいですね。
続いて、RT.ワークス株式会社の創業経緯についてお聞かせいただけますでしょうか?
2014年6月に、船井電機株式会社(以下、船井電機)からスピンアウトする形で創業しました。TVやブルーレイディスクレコーダーの『FUNAI』と聞けば、ご存知の方もいらっしゃるかもしれません。もともと、当社のメンバーは商品開発・新規事業の部門に所属しており、最初はスマートTVやウェアラブル端末を開発していました。
当社が創業したのは、ちょうどヘルスケア家電に注目が集まっていた時期。健康というテーマから日本の将来を見据えたとき、高齢化社会の到来は見逃せません。また、かつての「VHSの世界シェアNo.1」を支えた「モーターとセンサーを使いこなす技術」がありました。
船井電機の技術力を介護・福祉市場で活かせないかと考えたときに、ロボットアシストウォーカーの着想を得たんです。本業と全く異なる分野であり、これまでにない新しい製品をつくることにもなる。これは別の会社として進めたほうがいいだろうと。亡くなった船井電機の創業者にも背中を押していただき、独立する決断に至りました。
船井電機から独立後、どのようなメリットを感じましたか?
主に2つあります。1つめは、外部との連携が非常にとりやすくなったこと。これまでとは全く異なる事業領域なので、販路開拓や他社との協力関係の構築は必須です。独立したことで、スムーズに進めることができました。2つめは、スピード感です。小さい組織で運営しているので、意思決定を素早く行えます。新規事業はスピード勝負な部分もあるため、余計な時間を削減し、安全性の担保やヒアリングといった、本来時間をかけるべきところに集中できるのは大きなメリットですね。
開発するとき、ご苦労されたことはありますか?
お手本がないことですね。既にあるものを改良するのではなく、全く新しいものを生み出すことになるので、正解をつくるところからのスタートでした。歩きやすさの感じ方は人によって違いますし、道の形状や斜面の傾き加減も場所によって千差万別です。「歩行を支援する」と言葉にすれば単純ですが、実現するのはとても複雑なんです。そのため、私たちはユーザーヒアリングを大切にしています。
大規模なものですと日本全国100名にモニターとして試用していただきましたし、当社のエンジニアがユーザーとなって、毎日通勤時に試作品を押して通い、制御具合の確認を重ねたりもしました。試作段階から最終段階に至るまでに何度も実証実験を繰り返して『RT.1』は生まれたんです。
2号機に当たる『RT.2』はデザインにもこだわったとお聞きしました。2017年には『GOOD DESIGN AWARD』も受賞していますよね。
そうですね、シャープ株式会社で調理家電を担当したこともあるデザイナーさんにお声がけしました。背景には、介護・福祉機器に限定するのではなく、幅広く展開していきたい、ご高齢の方が元気なうちに、自分の足で外出するときにご利用いただきたいという想いがあります。
例えば、『RT.2』の車体をご覧いただくと、後輪の赤いカバーがデザインのポイントになっています。当初、エンジニアからカバーを付けるとコストが上がるし、設計が複雑になるという意見が挙がっていました。しかし、ここだけは譲れないと。この部分が無くなると、全く別物になるとデザイナーさんのこだわりが光りました。
通常、パワーバランス的に発注側の意見が通りやすくなると思うんですよ。でも、その関係性のなかで妥協してしまうと、結局はおもしろくないものができてしまう。『RT.2』については、エンジニアとデザイナーの意見が交わされ、より良いものを一緒につくっていけるような環境づくりも意識しました。
2018年の大阪トップランナー育成事業プロジェクト認定に応募した背景について教えてください。
これまでは介護・福祉市場を対象に製品を販売してきました。しかし、今後は一般市場にも展開していきたい。元気なうちから歩くことを楽しんでもらい、幅広い世代の健康寿命に寄与したいと考えています。2018年に発売した『rakuSaka』は、そんな私たちの想いを表した製品でもあります。 しかし、一般市場の開拓をする方法やプロジェクトの進め方が分からないという課題がありました。そこで、大阪トップランナー育成事業プロジェクトのお力を借りようと思ったんです。
具体的には、『rakuSaka』のプロモーションビデオを作成したり、ホームページをリニューアルしたり。また、新しい市場開拓のアイデアもいただき、実際に製品を配置できそうな観光地のご紹介もいただいています。 将来的に描きたいビジョンはあるものの、具体的にどのように進めればいいのかがハッキリと見えていませんでした。コーディネータの方に伴走型の支援をいただくことで、何を優先し、どのような順番で進めればいいのか、目標達成までの道筋を引いていただけたのが非常にありがたいです。
将来的に描きたいビジョンについて、具体的にはどのような未来をめざしているのでしょうか?
歩行アシストロボットが日常にある風景を実現したいです。例えば、大型の商業施設では、ご高齢の方は椅子に座り、ご家族の方が戻ってくるのを待っている光景を見かけます。広い施設内で何時間も歩き回るのは、確かに大変かもしれません。でも、そこで、当社の製品をご利用いただきたい。自らの足でショッピングを心ゆくまで楽しめますし、ご家族と過ごす時間も増えると思うんです。美術館や動物園、大型の公園施設などにも、同じような風景を描いていきたいと思っています。
最後に、今後の展望についてお聞かせください。
先ほどのビジョンを実現するためには、高齢者用の歩行器というイメージからの脱却が必要です。人からどう見られるのかはとても大事だと思うんです。ご本人の意思で満足して使えるものでないと。そのため、デザイン面を含めた改良やプロモーションに取り組んでいきます。
また、センシングやモーター制御など、当社の技術をいろんな商品分野に広げていきたいと考えています。実際、倉庫などで使用する「手押し台車」のメーカーに技術を提供。複雑な操作がいらない、直感的に利用できる電動アシスト台車が生まれました。今後は、介護・福祉市場やご高齢の方だけでなく、いろんな形で、いろんな場所で、みんなが元気になるような社会の実現をめざしていきたいですね。