2014年07月15日
介護保険制度見直しで高まる介護予防ニーズ
~介護予防のさらに予備軍まで狙え!~
2014年6月に医療・介護総合推進法(「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」)が成立し、この中で、介護保険制度の見直しが行われた(施行は2015年度から)。
見直しの目的は、サービスの提供体制と費用負担を見直すことである。特に後者に関しては、団塊の世代が後期高齢者となる2025年を控え、長期的に制度を維持するために、負担を適正化することが求められている。
※記事をご覧いただく場合は「詳しく見る▼」ボタンをクリックしてください。
1.費用負担見直しの基本は“自助”の一層の推進
今回の医療・介護総合推進法の中で示された、介護保険制度の見直し内容の骨子は概ね、下記の様なものである。
【介護保険制度見直しのポイント】
- 利用者負担の1割から2割への引き上げ
(年収280万円以上の人が対象、高齢者全体の約20%が該当) - 特別養護老人ホームや介護老人保健施設を利用する際の補助打ち切り
(預貯金が1000万円以上のある人が対象) - 特別養護老人ホームの入所条件引き上げ
(現行の要介護1~5から要介護3以上に(障害や認知症等がある場合を除く)) - 保険料軽減の拡大
(基準額の軽減幅を、現行の25%減、50%減の2段階から、30%減、50%減、
70%減の3段階とする。高齢者の約3割、約1千万人が該当) - 要支援1、2対象の訪問介護、通所介護は、介護保険制度から市町村事業へ移管
(より高い専門性が要求される、訪問看護や訪問・通所リハビリテーション、
福祉用具貸与等はそのまま介護保険制度の中で行う)
この様に、見直し内容には、高所得者向けの負担増と同時に、低所得者向けの補助や、保険料軽減等の配慮なども盛り込まれており、所得再配分の機能が強化されている。ただし、年1430億円の給付費の削減が見込まれるなど、全体としては、負担の引き上げ、給付の抑制という方向になっていると考えられる。
これらの中でも、最後に挙げた、要支援向けの訪問介護・通所介護が市町村事業となることについて補足する(参考:本稿2013年9月17日号(社会保障制度改革『要支援は介護保険外、施設から在宅へ』~要支援向けサービスの単価下落?~、「1.要支援は介護保険外、地域包括推進事業(仮称)へ移行」)。
まず、要支援とは、“自身の食事や排泄、歩行等基本的な行動は自力でできるものの、電話、買い物、家事、移動、外出、服薬や金銭の管理等、より高次の生活機能については支援を要する”状態の人であり、昨今では、約140~150万人が認定を受けている(要介護は400万人弱程度)。
要支援向けの訪問介護(介護予防訪問介護)では、残存機能を活用して利用者がより自立できるように、ホームヘルパーが訪問して、食事などの支援を行う。通所介護(介護予防通所介護)では、デイサービスセンター等において、介護予防を目的に、入浴や排泄、食事などの介護、生活などに関する相談・助言、健康状態の確認や、個々に応じて、運動器の機能向上・栄養改善・口腔機能の向上・アクティビティなどを提供する。
ただし、市町村が事業主体となることで懸念されるのが、サービスの質の担保とともに、必要な財源を十分に確保できるかどうかという点である。ビジネスの観点から言い換えると、委託単価が維持されるのか、が重要である。実際には、参入する事業者にとっては、予算の制約によって現在よりも低水準の価格水準となる可能性がある上、NPO等とも競合となり、現在より採算性の高い事業にはなるとは考えにくい。さらには、市町村によって財政状況や受け皿となる事業者の層の厚さも異なり、地域ごとの事業環境を見極める必要がある。
2.今度こそ顕在化するか ~ 介護費用負担増で高まる元気な高齢者の介護予防ニーズ
厚生労働省によると、介護保険の給付費総額は、現在の約10兆円が2025年度には約20兆円に倍増すると予測されている。現在の国民医療費は約40兆円弱であり、このままの傾向が続けば、医療と介護だけで合わせて約60兆円、つまり、昨今の国家予算約100兆円の約6割に該当する規模になるということでもある。従って、今後は、利用者だけでなく国民全体の負担が増加するとともに、給付の抑制が一層進むと考えられる。
それとともに、介護が必要なほど重度ではない人に対しては、可能な限り、予防や自助努力を求めていくのは当然と言える。消費者としては、要介護になると自身や周囲のQOL(生活の質)が著しく低下するだけではなく、お金もかかるという構図がより鮮明になっていくということでもあり、自衛や予防の意識が働くインセンティブにつながると考えられる。
では、どのような人が介護予防のターゲットとなるのか。介護予防ニーズに大きく影響するのが、体の状況・要介護状態へのリスクの高さである。一般に、要介護への道筋を考えると概ね、下記の様な段階が考えられる。
元気な中高年
↓
65歳以上の高齢者、75歳以上の後期高齢者
↓
加齢や生活習慣による様々な疾病等
(例)ロコモティブシンドローム(運動器症候群、約4,700万人)、サルコペニア(筋力の低下等)、
フレイル(介護が必要となる手前の虚弱状態、約450万人)、軽度認知障害(約400万人)など
↓
要支援
↓
要介護
内閣府の調査によると、寝たきり、認知症といった要介護になる不安は、4分の3以上の人が持っている。健康上の悩みは、この他にも、肥満や疲れ、不眠など様々なものがあるが、介護予防は最も大きいものの1つと言える。その不安をもつ人の割合は、加齢に伴って増加し、また、男性よりも女性において強い傾向がある(図表1)。さらには、要介護への不安は、自身の死や犯罪に巻き込まれることをも上回っており※、いかに切実なものであるかが分かる。
図表1 自分自身が要介護者になる不安の有無
出所)内閣府「介護保険制度に関する世論調査(平成22年実施、全国20歳以上の男女5000人対象)」
(三菱UFJリサーチ&コンサルティングが一部加工)
※2:自分が「介護状態」「認知症」になることに対して不安を感じている人は、約8割に達する一方、「自分の死」や「犯罪に巻き込まれること」に対して不安を感じている人は、半数程度に止まっている(出所:第一生命経済研究所「老い支度に関するアンケート調査」、全国の50~79 歳の男女900 名が対象、有効回答865 名)
このように、若年層や健康な人においても、要介護への不安は大きく、ましてや、75歳以上であったり、さらには、ロコモなど要介護につながりそうな何らかの症状があったりする場合には、危機感が一層高まっていると考えられる。また、要支援と要介護であるが、要支援では、半分の人が「生きがい」や「趣味」をもっているのに対して、要介護度が上がるにつれてそれが下がっていくというデータがあることから、要支援の方が、要介護度が上がることに対する切迫感は高いことも考えられる。
ただし、前述の様に要支援に対しては、国の制度での支援があり、医療の例をみるように、皆保険制度で安く済むとなると、自己負担をしなくなる傾向があり、制度外のサービスを自費で購入するとは考えにくい。市町村からの委託事業に関する事業環境もあまり好ましい状況ではない。
限られた情報ではあるが、以上から考えると、企業として狙いたいのは、ロコモやサルコペニア、フレイル、軽度認知障害等を含む、まだ要支援に至っていない高齢者またはその子ども世代ということになる。
しかしながら、ここで考えたいのが、それほどまでに大きなニーズ、潜在需要があるにもかかわらず、なぜ介護予防市場はあまり顕在化していないのかという点である。現時点で見られる主なビジネスは、国からの委託で運動指導等を行うフィットネスや、脳トレグッズ、認知症予防や膝痛・腰痛対策・ロコモ対策の健康食品くらいである。
介護予防市場が活性化していない理由の1つとして、認知症予防も寝たきり予防も、決定打となる商材がまだまだ不足していることが挙げられる。
認知症予防に関しては、 アルツハイマー、脳血管性ともに、要因が複雑である。ダイエットの様な摂取カロリーと消費カロリーをコントロールするといった比較的単純な方法論では対処できない。すぐに結果を求める傾向のあるシニア層には、「コレさえやっておけば、まず大丈夫」くらいの、労力が少なくて明快かつ強力な方法論が望まれている。一方で、人によっては、生きがい創出などを含めたライフスタイル全体の改善が必要なのかもしれない。いずれも、足し算・引き算のような平面的なソリューションでは解決しきれない。しかし、そういった、複雑な場合こそ、現状の把握、調整・コーディネイトといった要素が活きてくる。昨今では、体重・体脂肪だけではなく、睡眠、尿酸値、疲労等、個人の状態を時系列で測定できる機器等が次々に登場している。そして、それらの測定結果を分析し、必要な栄養素やライフスタイルの助言をするしくみの精度も向上していっている。認知症対策にダイレクトに活かせるものはまだ存在しないかもしれないが、個々人における認知症の要因や程度に応じた対策を提案できるようになると、市場の裾野が一気に拡大すると考えられる。
一方、寝たきりに関しては、運動が不可欠なのがネックとなっている。大半の人にとって、運動が必要なことは分かっているものの、面倒くさい、億劫と、健康食品の摂取等、他の健康法に比べて取り組む際のハードルが高い。これはフィットネス産業が広がり難い一因ともなっている。また、逆に、運動する意欲のある層は、ウォーキングや登山等で代替しており、これがグッズ販売以外の産業が広がり難い理由となっている。運動または体を動かすことが苦手、面倒な層にとって、より手軽に楽しく継続・習慣化できる要素が必要と考えられる。フィットネス業界の業態も格段に多様化しているが、娯楽・エンターテイメント、住宅など他業界との連携によって、ものぐさ層をより惹きつけることができるコンテンツが開発されれば、さらに顧客層が拡大するものと思われる。また、一方で、「ロコモティブシンドローム(運動器症候群)」をはじめとする身体の不活性を表す概念が徐々に浸透しており、今後はそれらの認知度がさらに上昇して、市場拡大に資するものと考えられる。
さらには、介護予防の一般的な方法としては、日常生活の中で、体を動かしたり、食事・栄養に気をつけたり、睡眠・休養の量と質を上げることで対処しようとしている人が多いが、発症率は低下していないことから、それらの方法論が正しく、その人にあっていて、量が十分であるか、といった点を検証し、不十分であれば、そこをサポートするビジネスに結び付ける発想も持っておきたい。
編集人:井村 編集責任者:前場
編集協力:三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
「介護予防ビジネス」にご興味のある方は、このようなコンテンツもご覧になっています。