2014年09月16日
介護に押し寄せる成果報酬の波
~2018年度介護報酬改定でサービスの質の評価を導入~
介護保険事業に質の評価を取り入れると言う話はかなり以前から聞かれた。また、既に、介護予防通所サービス(介護予防通所介護及び介護予防通所リハビリ)の事業所評価や老健及び特養における退所者の在宅復帰率等、一部には、成果報酬の概念が導入されていた。
ところが、2014年7月16日開催の厚生労働省が設置する社会保障審議会の介護給付費分科会において、2018年度から、さらに範囲を拡大して成果報酬を含む介護の質の評価を介護保険事業に取り入れる方針が示された。
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1.要介護度の低下度合いによって介護報酬が加算される成果報酬型の導入
現在の介護保険では、要介護度が高いほど、被介護者の心身の状態が重症であることから様々なサービスが必要であるため、介護報酬は高く設定されている。また、利用者にとっても、要介護度を高く認定してもらえるほど、介護保険の利用限度額も高く設定されることになり、たくさんのサービスを利用できる。
これでは、介護保険の利用を抑制しようというインセンティブが事業者・利用者ともに働き難く、介護給付全体も膨らむ一方である。また、基本的には、提供された介護サービス等の“量”に対して報酬が支払われる設計となっている点も、 質の良い介護、効果的な介護を行うことへのモチベーションが高まり難い一因となっていた。
そこで、2018年度の介護報酬改定では、介護の“質”を介護報酬に反映させることがめざされている。介護の質の具体的な評価指標や対象事業等の検討はこれからであるが、現時点では下記の方向性が検討されている。
- 在宅復帰をめざす高齢者がリハビリ目的で入所する「老人保健施設」や、ケアプラン(要介護者の介護計画)を作成するケアマネジャーの「居宅介護支援事業所※」が調査対象となる
- 「アウトカム・結果(心身の改善状況)」とともに 「プロセス・過程(介護の方法)」の指標も組み合わせて評価する。要介護者の運動機能や認知能力に係るデータを継続的に収集し、介護保険利用状況やサービス提供方法との関連性を把握する。
※ケアプラン作成の他、要介護認定申請・更新認定等の手続き代行、介護サービス事業者との連絡、調整等のサービスも提供する。
なお、米国、英国、カナダ、韓国等の介護制度では、介護サービスの質の評価とそれの報酬への反映が既に行われているが、それらの国々におけるアウトプット指標は、身体拘束された長期入居者の割合、QOLの改善(日常生活を通じた自己管理、食事と飲料等)、転倒頻度、等級(日本での要介護度)の改善等であり、プロセス指標は、個人に合わせた食事や飲み物、水分の量・質等となっている。
日本でも、それらを参考にたたき台を作成し、介護現場での聞き取りを行うと考えられる。因みに、2011年10月に開催された介護給付費分科会の資料では、下記の様な方向性が示されている。その時点から現在まで時間がたっていることもあり、このまま進むとは限らないが、2014年3月の同分科会でも再度参考資料に用いられているため、今後の方向性検討の参考にされていると考えられる。
7. まとめ
- (1) ストラクチャー指標とプロセス指標の評価について
- 平成22年度の施設調査の結果からは、ストラクチャー指標やプロセス指標について、報酬体系で評価することが「有効である」との回答が多かった項目が複数みられていた。特に、職員のキャリア開発支援、介護技術向上のような職員の質向上に直結する取り組みや、事故防止体制(ヒヤリハット報告体制)などの組織としての質を向上させる取り組みについては、報酬上の評価を行っても良いと考えている施設が多く、平成21年度調査における市町村担当者調査と同様の傾向にあった。
- 「職員自身の質の向上」に関しては、資格取得の割合や、専門的研修の修了などで評価する方法がある。すでに現在、サービス提供体制強化加算において、施設における介護福祉士の割合等は評価されている。また、認知症専門ケア加算では「認知症介護に係る専門的な研修を修了している者」の配置が算定要件になっており、すでに様々な加算において、質の向上に関連する要素が評価されている。(略)
- (2) アウトカム指標の評価の考え方について
- 「要介護度」については、関連要因が複合的に関与しあっており、また調査期間中に、新たな要介護認定を受けていなければ利用者の状態が変化していたとしても要介護度としての変化は示されない。このためアウトカム指標として要介護度の改善や悪化を指標とする評価を行うことには課題が多い。このため、特に重度者において重症度の改善を評価するに当たっては、その下位項目である「えん下」、「排泄」、「褥瘡」や中間評価項目*得点等を「重症度改善」のアウトカム指標として評価することが必要と考えられる。(略)
出所)社会保障審議会介護給付費分科会第81回資料 3「介護サービスの質の評価について」(介護サービスの質の評価のあり方に係る検討委員会)より抜粋、太字・注釈は三菱UFJリサーチ&コンサルティング
*:移動、身の回りの世話、問題行動等
2.質の評価事例と指標の考え方
ところで、上記の様な方針が示されたものの、どのように質の評価がなされるのか、事例を紹介する。
先行して2013年度から特別養護老人ホームや介護老人保健施設における要介護度改善に報酬の助成を開始している品川区の例をみてみる。
品川区では、期間内に入所者の要介護度を1段階改善すると1人につき月2万円、2段階改善で月4万円、3段階改善で月6万円を施設に交付する制度を試行した(助成期間は改善した月から1年間で、再び悪化した場合は助成が打ち切られる)。区内の特別養護老人ホームや介護老人保健施設など10施設(入所者761人)が参加した。その結果、全体の6.3%にあたる、47人で要介護度の改善が確認された(1段階改善が41人、2段階5人、3段階1人)。6.3%が多いか少ないかは別として、特筆すべきは、「要介護4から3」が18人、「要介護3から2」(13人)、「要介護5から4」(9人)、「要介護4から2」(3人)、「要介護5から3」(2人)、「要介護4から1」「要介護2から1」(それぞれ1人)と、要介護4以上の人でも改善があったことである。一般に、要介護度が重度になるほど、回復が難しい持病を持つなど、改善が難しいと考えられがちであるが、ケアの方法を変えることで改善が見込めることが期待される。
一方で、要介護1、2や要支援の人に対しても、ケアプランを見直すことで、心身の状態や要介護度の改善が見込まれる。ただし、在宅の場合は、複数事業者のサービスを利用することも多く、方向性やそのレベル感の共有などが難しい場合があり得る。さらには、どの事業者が提供したサービスで効果があったのかも特定し難い。
なお、1.では検討されている評価指標について紹介したが、現状では、要介護度そのものよりも、えん下、排泄、褥瘡等の具体的行為に対する能力や状態を目安とする方向になりそうである。なぜなら、要介護度は、心身の機能だけでなく、本人や家族の意欲や努力等様々な要因が影響する可能性が高く、要介護度の改善が、必ずしもサービスの質を反映しない。また、利用者の心身の状態が改善していたとしても、頻繁に要介護認定を受けていないとそれを見逃してしまう可能性もある(具体的な機能や能力や状態であれば、日々、介護職員が記録することが可能である)。
利用者の心身の状態は、直接的なサービスの方法や質だけではなく、慣れ親しんだ環境であるか、馴染みの職員がいるか、周囲の人とのコミュニケーションの量と質、加療や連携状況等によっても影響を受けることが多く、また、一定ではなく、頻繁に改善・悪化を繰り返すことも多い。最初から全てを網羅した精緻なモデルを構築するのは現実的ではないが、それらの要因も加味しながら、より大きな決定要因を見出し、常に修正を加えていく必要がある。
3.介護の質の評価導入による影響
次に、それぞれの立場におけるメリット、デメリットを検討してみる。
介護施設・スタッフにとってのメリット・デメリット
サービスの質を上げて利用者の健康状態が向上すると、施設の減収につながるという図式になると、施設全体(特に経営者)で、質の向上に対する努力をするインセンティブが働き難いかもしれない。介護報酬の加算によって、その減収分が実質的に補填されるようになると、その懸念はいくらか緩和されると考えられる。
問題はその補填の水準である。品川区の例では、入所者の要介護度を1段階改善すると1人あたり平均2万2千円程度の減収となるのに対して、交付金の支給は2万円であった。このように介護報酬の加算水準によっては、介護スタッフが入所者の健康状態の改善に努力しても、減収分の全てがカバーされることにならない(現行では、介護報酬は、要介護度が変わると数万円単位で違ってくるのに対して、個別の加算は数百円~数千円程度となっている)。仮に、えん下、排泄、褥瘡等、個別の状態の改善で報酬が加算されたとしても、認定される要介護度が変わらない(あるいは、施設への支給額が変わらない)、利用限度額が変わらないという仕組みであれば、質を向上させる意欲はより高まると考えられる。
しかし、実際には、個別の状態が要介護度認定の調査項目に含まれる以上、認定の要件が変わらない限り、要介護度の低下(軽度化)に影響をまったく与えないとは考えにくい。ただし、評価指標に認知症や周辺症状(不安、妄想、幻覚、徘徊、摂食障害、睡眠障害、攻撃性等)が含まれ、、それらを改善する様な方策がとられるようになっていけば、たとえ要介護度は変わらなくても、介護職員の負担は、改善の為の労力を差し引いたとしても、軽減すると考えられる。第一、介護職員の日々の努力が、入所者の要介護度の低下、機能の回復・健康状態等の回復という成果につながった場合、やりがいが増すことになる。結果的に、それらが離職率の低下につながれば、介護を直接担当する職員だけでなく、雇用・派遣する施設・事業所にとっても大きなメリットとなる。
その他、懸念されるのが、介護職員の事務負担増である。導入の際には、評価の流れや実際の事例における判断基準等について講習を受けて、日々、利用者の状況を事細かに記録することになると考えられる。その場合、ただでさえ、体力的にキツイと言われているのに、さらに膨大な事務負担が増えることになりかねない。入力・共有の方法や誰が担当するのか等、実務面でも効率的な運用を検討する必要がある。
利用者・家族にとってのメリット・デメリット
要介護度そのものが評価指標とならなかったとしても、介護サービスの質が改善されて、心身の状況の改善につながり、結果的に要介護度が下がった場合、これまで利用できたサービスが利用できなくなることになる。そこまでのケアの必要がなくなったからということではあるが、利用者本人としてはやや納得し難いかもしれない。一方で、介護保険における利用者の費用負担は介護費用の1割となっているので、心身の状況や機能・能力が改善されて介護報酬に加算されると、費用が増えることになり、その分、利用者の負担も増えることになる(例:介護費用(給付額)が20万円の場合、利用者負担はその1割の2万円になる。一方、介護報酬の加算が1万円つくと、介護費(給付額)は合計21万円となり、利用者負担も自動的に2.1万円と、千円高になる)。利用者自身の機能向上への意欲を下げることのないよう、なんらかの報酬を与える等、配慮したいところである。
また、介護サービス事業者にとって、報酬が加算されることが得と判断された場合、より効率的に利益を得るために、改善が見込めそうな利用者を中心にケアするなど、利用者の選別が起こることも考えられる。慢性的で回復が難しい疾病がある場合など、改善だけではなく、維持すること自体に報酬が加算されるなど、特定の利用者が不利にならないしくみとするべきである。
予防・リハビリの手法の多様化
介護報酬の加算の程度にもよるが、心身の状況の維持・改善が利益につながるということになれば、介護事業者としては、とにかく結果を出すために、それも、より少ない時間・労力・コストで実現できるように、現在、施設やデイサービス等で行われているレクリエーション、セラピー等を見直し、有用性の高い方法があれば取り入れていくこともあり得る。
諸外国で取り入れられている高齢者施設向けのメニューやコミュニケーション方法だけでなく、自然療法、什器・家電などあらゆるものが役立つ可能性が高い。ソリューションにつながりそうな商材を持っている健康関連企業は、早めにエビデンスをとったり、費用対効果を試算したりしておくことが有効であると考えられる。
編集人:井村 編集責任者:前場
編集協力:三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社
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